本文へスキップ

科学研究費補助金基盤研究B「日米における政教分離の起源と展開」

研究の概要

研究課題について

 研究課題 日米における政教分離の起源と展開

 研究期間 2009年(平成21年)〜2013年度(平成25年度)

 研究種目 基盤研究B(一般)

 課題番号 21330032

 研究機関 大東文化大学

研究の学術的背景

 本研究は二つの科学研究費プロジェクトを背景としている。平成13年度に完成した科学研究費基盤研究(B)(1)「アメリカ独立革命にいたる英米の政教分離に関する研究と、平成20年度に完成した基盤研究(B)「アメリカ合衆国憲法と政教分離に関する研究」である。この二つの基盤研究では研究代表者の大西直樹と研究分担者だった斎藤眞を中心にアメリカの政教分離についての研究を進めたが、本研究は政教分離を日本政治に拡大して行う。このため、研究代表者は日本政治思想史の和田守となり、明治期以降のキリスト教の受容や日本における政教分離問題、靖国問題を新たに視野に入れる。

 本研究に先立つ科学研究費Bでは最初の「アメリカ独立革命にいたる英米の政教分離に関する研究」はアメリカ独立革命までの時代を中心としたため、アメリカ植民地時代の宗教だけでなく、英国の政治思想や環大西洋圏の研究を含めていた。この研究では現代アメリカにおける宗教問題や政教分離の判例は扱われず、主としてアメリカ植民地時代の宗教に関する研究が行われた。研究成果報告書は2001年に刊行したが、これを基礎として研究課題を現代に広げ、2006年に『歴史のなかの政教分離』(彩流社)を出版した。その出版過程において、千葉眞が拠点サブリーダーを務めていた国際基督教大学COEのプロジェクト「「平和・安全・共生」研究教育の形成と展開」の一環として研究会を開催し、全員の執筆者が研究報告を行った。

 次の科学研究費基盤研究B「アメリカ合衆国憲法と政教分離に関する研究」は焦点をアメリカに合わせ、1787年の合衆国憲法制定会議を中心として、合衆国憲法修正第1条に示される国教樹立の禁止や信教の自由の規定を具体的な歴史的状況の中で分析し、現代アメリカ社会が持つ政教問題までを扱った。研究成果報告書にはハーバード大学神学部教授デヴィッド・ホールが東京で行った講演原稿が含まれている。

 本研究はこれら二つの基盤研究を踏まえて研究代表者の和田守の専門分野である近代日本における政教分離を加える。西洋キリスト教文化圏とは伝統や風土が異なる日本においては、明治維新の王政復古に際し、祭政一致を旨としながらも、近代的な国家体制の構築するための宗教政策は、神社神道を宗教とは異なる国家祭祀として別格扱いとし(神道国家主義)、神道以外の宗教の自由を容認した。「日本型政教分離」体制の成立(安丸良夫)であるが、信教の自由は大日本帝国憲法で「安寧秩序ヲ妨ケス及臣民タルノ義務ニ背カサル限リニ於テ」と大幅な制限を受け、他方国民には無制限な内面的同質化の役割を演じた(丸山眞男『日本の思想』1961年)。研究代表者の和田はこのような近代日本の政教分離の起源を探り、現代に至る靖国問題の淵源を解明する。


研究の目的

 本研究は国家と宗教をめぐる問題を知識人や宗教家(キリスト教)に限定することなく、広く国民の精神構造や政治的争点との関係において探求する。アメリカの政教分離の長い歴史を鑑み、それに加えて西洋キリスト教文化圏とは異質な近代日本における政教分離の実相を浮き彫りにしつつ、日米間の比較研究を行うことを目的とする。研究代表者の和田守は日本政治思想史を専門分野とし、研究分担者の千葉眞は日米双方の政治思想史、五味俊樹は日米関係史、大西直樹はアメリカ植民地時代の宗教、小倉いずみは宗教を中心とするアメリカ思想史、加藤普章はカナダとアメリカの政治文化研究、佐々木弘道は日米の憲法から見た政教分離を研究している。このように政治と宗教に深く関わる各研究を基盤とし、本研究は、合衆国憲法修正第1条の成立とその後のアメリカの判例研究だけでなく、GHQの強い指導のもとで政教分離が法制的には確立した日本国憲法体制下における靖国問題へのアプローチや市民的自由をめぐる現代的課題を解明する。また、現代世界において、同盟関係にある日米の政治文化の基層を歴史的に検証し、新たな友好・提携関係を定立するための指針を提示する。


研究の計画

 アメリカにおける政教分離の起源を大西直樹と小倉いずみが担当する。1630年に創設されたマサチューセッツ湾植民地では、神権政治と呼ばれる教会員のみが政治に参加できる政教一致が行われたが、コネチカット植民地はこの路線を取らなかった。アメリカ最初の成文憲法と呼ばれたコネチカット基本法でも宗教は理念に過ぎず、150年後のアメリカ革命に至るまで、政教一致が厳格に施行された植民地は存在しない。小倉は上記二つの植民地を対比して宗教意識の相違を解明し、大西は植民地時代から独立革命に至るプロテスタントとカトリックの対立を通じて妥協案として出された政教分離を研究する。

 合衆国憲法修正第1条における宗教の自由実践条項と公定制条項の判例は佐々木弘道が担当する。とくに、政教分離原則の保障のために、公権力による宗教への「配慮」の是非に関して、1980年代以降の判例と学説を中心に研究を進める。

 現代のアメリカの宗教について、千葉眞はブッシュ政権とキリスト教原理主義者との関連をはじめ、政治権力とイデオロギーの癒着についての問題点を解明する。これは現代の日本における靖国問題でも、国家神道の特権的位置づけと保守陣営との結束にも見られる現象である。加藤普章はアメリカとカナダを中心に多文化主義による多宗教や多言語の問題を扱う。カナダにはカトリックのケベック州があり、これは大西のカトリックとの妥協案を探る研究ともに関連している。

 このようなアメリカの政教分離の研究に加えて、日本のキリスト教の受容の歴史と国家神道の流れを研究するのは和田守である、和田は明治期以降の国家神道の成立過程において、プロテスタントが天皇制国家の政治とどのような距離を保ちえたのかを、政治思想研究の立場から検証する。「日本型政教分離」体制の構築過程で、キリスト教については1891年の内村鑑三不敬事件に典型的に見られるように国体観念に抱合しえない「異教」として排撃の対象とみなされる傾向が強く、それだけにキリスト教にとって近代日本における本来的な政教分離の実現は重要な課題となった。「信教の自由」と「良心の自由」を根幹とした内面的自主性確立の問題でもあり、この点でキリスト教は近代日本における自由主義的思想潮流の主要な位置を占める。このため、明治初年の『明六雑誌』、明治中期の『国民之友』、大正期から昭和戦前期の『中央公論』といった総合雑誌を取り上げながら、キリスト者に限らず時代思潮の中でキリスト教がどのような位置を占めてきたのかという点からアプローチする。キリスト教から見れば、その社会的発信と影響力の問題である。このようなアプローチについては国民の精神構造の中にどのように繰りこまれていったのかという検証作業ともなり、ひいては市民的自由のあり方が国家と宗教の相関関係のなかでどのように展開したのか、そして自立的市民間の社会的協同による国家構想の可能性を探ることになる。

 また、五味俊樹は日米移民政策の中で一つの重要な問題になった宗教政策について歴史的検証を進める。特に「我太平洋の橋とならん」と志した新渡戸稲造が西洋文明と東洋文明の関係、及び日米両政府の移民政策についてキリスト者としてどのような発言をしているかに注目する



大東文化大学

〒175-8571
東京都板橋区高島平1-9-1